第137回『菖蒲』2005年6月8日
先月頃から水辺の「菖蒲」が美しい。 団地の用水べりは、今、 キショウブの黄色が鮮やかである。 いずれが(菖蒲)アヤメ、 (杜若)カキツバタと云う語は、 二人の美女の美しさに優劣が無い、 つまり二人とも美しいと言う事を云っているが、 元は、菖蒲、杜若は見分けがつかない というところから来ているように思う。 実際に、アヤメ、カキツバタ、 ノハナショウブ、ヒオウギアヤメなどなど 仲間は多く、見分けにくい。 しかし、いずれも美しい。 日本的な、楚々とした美しさに惹かれる。 久しぶりに、木石さんから俳句が届いた。 『菖蒲咲く古希に僅かな日を残し』木石 例の如くこの句に何か「絵」を、と言う事なので 写真を探したがあまり良いものが無いし、 写真よりは「絵」の方が良いかもしれない と思ってパソコン画を描いた。 |
こんなハガキを作って送った。 この俳句は最初 「あやめ咲く古希に僅かな日を残し」 であったが、 漢字の「菖蒲・・・・」に訂正して欲しいと。 そんな経緯があって、ちょっと悪戯に、 「この絵師は勝負師でもあります」 と駄洒落を入れた。 こんな遊びを喜んでくれる人なので、 いつも楽しんでいる。 木石さんとは、 こんな言葉の遊びが結構楽しく、 相変わらず、一日、 五往復くらいのメ-ルが飛び交っている 話は「菖蒲」に戻るが、 日本古来の野生種は、 楚々とした美女を連想させるような、 姿形であrって好きであるが、 最近あちこちに 園芸種が幅を利かせている。 花は大きく、だらしなく、色はけばけばしく 美しくもなんともない、 敢えて言えば、醜悪な品種が多い。 これは好みの問題でもあるから 一方的に云っても仕方が無いが、 アヤメに限らず全てに その傾向が見られ腹立たしい。 野山を歩き、小さな野の花に足を止め、 チョウを追い、カメラを向けるが、 花屋の前は横向いて通り過ぎる。 自称、「絵師」であり、 「勝負師」でもあるが、 「臍曲がり」でもある。 |
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