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第195回「子供の表情」
2006年8月7日

 友人の石崎夫妻が
6月下旬から7月初旬にかけて
トルコを旅行され写真の一部を
メ-ルで送ってくださった。
多くは風景であった。
折をみてご紹介したい。

メ-ルにトルコの子供たちの表情が輝いていて
素敵であったとあり、一点が添付してあった。

割礼の儀式の後ということであった。
割礼はイスラム教などの
宗教的な儀式であるから、
子供の服装も礼服なのであろう。

表情もやや堅いが、子供らしく、
活き活きとしている。
そして緊張の中にも茶目っ気が伺える。

「子供」は被写体として大変魅力的で、
カメラマンに限らず世の中の親達は
夢中で我が子の写真を撮るが
成長と反比例して撮る枚数が激減していく。

又、一人目より二人目、三人目と、
枚数は減っていく。

子供が可愛くなくなるわけではなく、
初めて見る我が子の表情に最初は
大いに感動しまくり撮るが、
だんだん慣れることによって
感動が希薄くになって行くから
必然的にシャッタ-へ指がいかなくなる訳で
愛情が希薄になるわけではない、
と世の親達を弁護しておかなければいけないかな?

彼女は友人鈴木君の愛娘。
二年ほど前ディズニ-ランドへ
遊びに行く時、家人も仲間に入れて頂き、
その折に撮ったスナップの中の傑作。

子供らしい表情を捉えた一点であると、
珍しく褒めた一点である。

シャッタ-チャンスが全てであるが、
二度と同じ表情はしてくれないものであるから、
その時に確実に撮っておかなければいけない。
この唇の歪みは真似しようと思ってもできない。

後で聞いたところ本人は
「ウインク」をしているつもりらしい。

いつからの事なのか知らぬが
カメラを向けると大人も子供も何とかの
一つ覚えのように「Vサイン」をする。

照れ隠しなのかも知れぬが、
写真を撮る側にとっては
嫌な習慣と言わざるを得ない、

私は「Vサイン」をされたとたんに
シャッタ-を押すことを止める。

子供達もテレを意識するようになると
被写体として非常に難しくなる。

遊び仲間と夢中になって遊んでいる時とか、
遠くから気付かれないように望遠で撮るかしない。
そでないと自然な表情は撮れない。

赤ちゃんはやはり友人北野さんの
愛娘の初誕生前後。
このくらいの赤ちゃんは
カメラを意識しないから撮りやすい。

いちばん可愛らしい時期でもあるから
どちらのご家庭にも、
子の時期の写真に傑作が多いと思われる。

この写真は口に入れてもらった
一本の「そば」を美味しそうに
啜っているところ。

誕生前後から蕎麦好きであった彼女は
今年、小学2年生、いっぱしの「ソバ喰い」に成長、
一人前は、らくらく頂く。

家庭写真の面白さは
ある程度の年月を経てから見て、
子供らの大いなる成長を喜び、
又可愛かった頃を思い出させてくれことである。
傑作も駄作もない。



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