第222回「一日一句」
2007年3月4日
暖かくなるまで日がな一日、 パソコンを弄っているか、本を読んでいるかという生活は かなり「目」に負担がかかり、 「目」に疲れを感じるようになってきたので 「目」を使わずに退屈しないことはないかと考え、 「一日一句」を実践しようと木石さんに宣言、 正月から始めたがなかなか難しく一日一句とはいかない。 しかし、ベッドに入ってから目を瞑っていても 考えられることであるから、以前より 増えたことは確かで、それで可とすることにした。 そして前回「春の兆し」で 「野に臥して小さき花見ひとり春」 という拙句を写真に付けたが 気になっていたことが二つあった。 一つは花見と春のダブり、もう一つは「ひとり春」 という造語である。これは半分は、 一人悦にいっていたが半分は心配でもあった。 そして昨日木石さんから以下のメ−ル。 『一服』に披露された句の「ひとり春」の部分で 考え込んでいます。「ひとり旅」ほど耳慣れた言葉ではなく、 おそらく「ひとり春」はセンセイの造語になるのではないでしょうか。 状況としては「言い得て妙」ですが、 この句の中では「春」の字が災いしており、 また意味として言葉足らずの印象を受けます。 「ひとり春」を実感させる言葉となると…悩んでいるところです。 そして数回のやり取りがあって以下に改めました。 「野に臥して一人小さき春を見る」 ![]() 写真として切り取ってみれば確かに花が咲いているが、 立ったまま見下ろしている人には見えない世界で 平気で地べたに臥す事ができる人種だけに与えられている春である。
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