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第306回『蜂群崩壊症候群』2009/4/29


飼っているミツバチの群れが突然消えてしまう
謎の現象が4年ほど前からアメリカで起き始めている。
原因などは謎のままであるが、
その現象を『蜂群崩壊症候群』とよんでいるようだ。

10日ほど前であった。朝日新聞の長野版に
「ハチ足りない・果樹農家悲鳴」
と大見出しの記事をみた。

その記事によると日本のでも三割ほどの養蜂家が
「ミツバチ群が大幅に減ったことがある」
と答えているとある。

原因は、農薬、交配による弱体化などが
あげられているが特定はされていないらしい。

ミツバチは果樹・野菜などの花粉媒介に
欠かせない昆虫であるから、農家はたいへんである。

ミツバチに限らず他にも多くの昆虫が
花粉の媒介の役をになっていて、
それらの虫たちが激減しているのは
昨日今日に始まったことではない。

戦後、大量の農薬の使用から
既に始まっていていた。
果樹試験場に研修生で入った頃(1952年)既に、
リンゴ、モモなど花粉媒介の昆虫が少なく
結実が悪く、人間が花粉媒介を
している現状を知り驚いた。

既にそんな状態であったから
自然にいるハナバチをふやす方法も
実験的に進められてもいた。

ツツハナバチと云うハチのグループがある。
このグループのハチは細い竹筒、
簾の筒穴などに部屋を作り花粉を集める。
集めた花粉を床に産卵し孵化した幼虫が
その花粉団子を食料にしている。


左写真が細い筒穴に花粉を運び込むツツハナバチ
上は筒内。小さな部屋に花粉が溜め込まれ、卵が産みつけられている。写真のように幾部屋にも泥で仕切られ、筒穴は効率よく使われている。

このような習性を利用して、
果樹園のあちこちに大量の細竹の束を置いておく。
つまり「住」を提供してやる。

住環境がよく、花があれば自然にハチは集まるわけである。
この方法を今でも利用している果樹園もあるが
面白いのは、全面的にハチを信用していないのか、
蜂の数に不足を感じているのか
相変わらず、人が花粉媒介の作業を続けていることである。

懸命に花粉媒介作業をしている人に申し訳ないが、
その図はちょっと滑稽である。
それは本来昆虫の仕事であったわけで
人間の仕事ではないから。
このように訪花昆虫が足りないこと、
また野菜果物などをハウス内で
栽培することも多くなっている現在
ハナバチを外国から入れている。
これにも問題がある。
在来種が駆逐されてしまうようなことも起きているようだ。

なにもミツバチ、はなばちだけのことではない、
人間は近年猛烈な勢いで自然を破壊し続けている。

また、「改良」の名の下に、
家畜、果樹、野菜、花などなど、あらゆる生き物に干渉し、
本来の姿と違ったものに造り変えてきている。
あまりにも不遜である。

既に自然のしっぺ返しはさまざまな現象として現れているが、
依然として改善される気配はない。
落ちるところまで落ちるより仕方がないのだろうか。




第305回写真展『筋ジストロフィー慎大郎君の日々』
2009/4/24

慎大郎君の存在を知ったのは、
友人下村木石さんの紹介であった。

木石さんも以前紹介したように難病ALS
(筋萎縮性側索硬化症)で時々検査入院する。

数年前たまたま同室であった慎大郎君が
昆虫が好きなことを知り、私も聞き及び
毎月友人達に送っている昆虫や花のカレンダ−を
作って慎太郎君に送るようになった。

年府中で開かれた菊池和子さんの写真展
『筋ジストロフィー慎大郎君の日々』を観に行った。

菊池さんは以前教職にあり、慎太郎君が六年生
の時に出会い、その時から写真を撮り続けている。

その間「しんちゃん」そして去年「二十歳になりました」
二冊の写真集を出版され、
病名はよく知られているが実際には一般に
理解されていない「筋ジストロフィー」について
一般の関心、理解を高め、そして医療の
心もとない現状を訴え改善されるよう
各地で展覧会、スライドトークなどを開いておられる。

菊池さんと知り合って早速「ひとミュ−ジアム」での
展覧会の開催を薦め、館長のご理解
協力も得、4月15日〜4月19日まで開催された。

写真は80点に及び、慎太郎君が
車椅子に座ることが出来ていた時代から
座る姿勢が保てなくなり、
ストレッチャーに横臥している現在までの、
あらゆる場面が紹介されていた。

お母さんと一緒の登校、授業風景、
ガ−ルフレンドとのにこやかな表情
救急車で搬送される厳しい状態、医療介護、
入浴の場面などなど克明な記録である。

これらの写真には改善されるべき医療行政等の
多くの問題に対する訴えが内在している。

写真は菊池和子さんの著書 「しんちゃん」(草土文化)
「二十歳になりました」(子どもの未来社)をご覧下さい。

ここでは最終日の前日、東京からはるばる
車で慎太郎君、ご両親といらしたときの
様子を数点ご紹介することにしました。
ストレッチャーを押しながらしんちゃんのお母さんと談笑する
撮影者、菊池和子さん
新聞社の取材に応える菊池さんと慎ちゃんのご両親(右の二人)
館長手造りのビ−フシチューをお父さんに食べさせてもらうしんちゃん
音楽大好きな慎ちゃん
陽気な館長のお嬢さんのピアノ演奏に頬も緩む
館長の奥様の歌を聞く慎ちゃん
好天の屋外でコーヒ-を飲みながら、さまざまな質問に応える慎ちゃんのお母さん(右端)

好天に恵まれて慎ちゃんも長旅を無事に、
元気な顔をみせてくれたこと、
一番気になっていたことだけに
本当に嬉しく、皆、喜んでいます。




第304回『民話絵本造り』2009/4/13

「ひとミュ−ジアム」を中心に地域の民話を掘り起こし、
その絵本を造る計画を一昨年から進めていた。
本格的な絵本と同時に児童にも参加を呼びかけ
地域の児童館で児童にも絵を描いてもらい
同時進行で始めた。

本格的な絵本は絵を担当した切り絵作家が
病気で中断してしまっているが
児童の描いた絵による絵本は完成した。

市の助成金を受けて始めた事業なので
市への報告発表が義務付けられていて
さまざまな事業を提案し認められ助成を
受けた団体グル−プなどの発表があり
審査員の質問、採点もあり、認められれば更に
助成が受けられ来年度も続けることができる。

会場は熱気を孕んだ発表が続き
なかなか楽しかった。
われらの企画は認められ来年度も継続できることになり、
ホッとしたところである。そこで中間報告。


(一番左、審査会で審査員に説明する米山先生)
(中央と右隣、絵本の出来栄えに感心、驚いている審査員)

大勢の児童が参加していろいろな場面を描いた絵を、
指導した米山先生を中心にして選び、
一冊の絵本に纏めたわけだが、
絵が沢山あるので複数の本を造った。

なかなか大変な作業である。
特にその後の、製本は
更に大変なことであるにもかかわらず
この作業は殆ど米山先生お一人の力で完成。

米山先生ほんとうにご苦労様でした。
先ずはその素敵な手造りの製本の絵本をご覧頂こう。



お話は「北原の大仏さま」と「行人塚」

二つの民話を紹介するのは省略して、
以下に取り上げた「絵」の場面のみ
簡単に説明を加えたいと思う。

江戸で造られた大仏様が遥々信州川中島まで運ばれてきた様子が描かれている。
川を筏に載せて運んでいる。
後に廃仏毀釈の折密かに預けられていたが、昭和になって、元の川中島北原へ大八車で運んできた
その時の様子。3メ-トル以上もある大仏で、頭だけでもこんなに大きい。(これは表紙の絵)

上左、二点は現在も安置されている大仏様。
右は「行人塚」のお話の中から、修行僧の顔。

先生方から聞いた民話をよく聞き
描かれた児童の絵は
本当に感心させられる出来栄えである。
今年は大人も負けずに頑張らなければいけない。







第303回『冬の虫』2009/4/2

東御市立の「梅野記念美術館」で
「ア−トチャレンジ」という企画があり
版画・影絵・ガラス絵・などの講習があり
その中のプログラムにちょっと外れた「冬の虫」が加わり
子どもたちを中心に「冬の虫」を探し、
見つけた虫たちの絵を描こうという試みがあり
案内役を引き受けた。

この美術館は東御市の西の里山にあって、
自然環境に恵まれている。

裏には雑木林があり
間伐した木が所々積んであり朽ちている。
虫の越冬にはうってつけの環境。

導入として絵本
「ふゆのむし」藤井 醇作・三芳悌吉絵、
を参加者の母親に読んでもらい
どんなところに、どんな昆虫がいるのか、
子ども達に予備知識を与えた。

そして、10時から昼まで、子ども達、
その親達も一緒に、あちこちの朽木を根堀などで堀り
宝探しをした。予想していてより子ども達、
そして大人も夢中になって探し
あちこちから、「この虫なあに」と声がかかる。



圧巻はスズメバチ。
この画面には矢印の5頭が見られる。
コガタスズメバチと思われる。

3月20日であったが、湿った朽木の中はまだ5〜6℃か?
脚を微かに動かす程度で全く危険はない。
子ども達もゆっくり観察ができた。

午後からのスケッチもスズメバチに人気が集まり
殆どの子がスズメバチを描いた。
下にその日の様子を写真でご覧頂こう。

子ども達も親達も冬の虫探しは
おそらく初めての体験であったと思われる。

それだけに見つけたときの
驚きと感動は大きかったようだ。

機会があれば今後も子ども達を自然の中へ連れ出し、
自然の魅力を体験させ
自然へ眼を向けるきっかけをつくる
案内役を果たしたいと思っている。



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